片品村村史より

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尾瀬ケ原の学術的価値について
昭和二十三年三月文部省社会教育局文化課
尾瀬ケ原、尾瀬沼
尾瀬地方は群馬、福島、新潟三県の境に跨り、所謂奥日光の一部をなし尾瀬ヶ原
と尾瀬沼はその主体となり、概ね三つの山岳群がこれを囲んでいる。
尾瀬沼は海抜一、六六五米、長径約二粁、短経約一粁、面積凡そ三〇〇町歩の大
きさで、1最深部は約八・五米に達している。本来この沼は北方に在る燧岳からの
熔岩流による堰止湖で、周囲の大江川流域、沼尻等一帯は沖積湿原であるが、これ
らの沖積湿原の進出と沼尻川の開析に依る湖面低下とによって、やがては尾瀬ケ原
同様湿原と化する運命にある。然し水位が高い時には湖面が深くこれらの湿原部に
まで湾入して多少景観が変ることもある。沼尻川は尾瀬ヶ原を蛇行し下流は只見川
となる。只見川は急流となって平滑、三条の両濠をつくる。
尾瀬ケ原は西方約四粁の所から始まる。東西約六粁、南北二軒、尾瀬沼の約四倍
程の面積である。尾瀬ヶ原も尾瀬沼と共に嘗っては、熔岩流で堰き止められて生じた
一湖水であったが、其の後四囲の山々からの土砂、火山灰の流入、みづごげ、其の
他湿原植物群の堆積等が相伴ひ下底には次第に泥岩層を作りながら、現在見る如き
大湿原と化したものである。湿原中には大小幾多の池や小流があり、殊に池の中に
は、前記の泥炭質から成った浮島が浮沸して、種々珍らしい植物の花が彩りを添へ
る。この尾瀬ヶ原の水を集めて流れる只見川の河底は、三条ヶ滝附近に於て、その
熔岩流が岩盤として、露はれ始めているが、この岩盤は現在では滝の落口附近まで
硝二堅い花山岡岩から成っている。その上は僅かな安山岩で覆はれているに過ぎない
為、花山岡岩は次第に風化されて脆弱なものとなり、下刻作用が著しく働いて滝は漸
次に其の高さを増加しつつ後退し、今日見るような偉観を呈するに至ったものであ
る。
以上が現在の尾瀬の地貌の概略であるが、このようにして尾瀬は森林と湿原の配
置、幽選な山湖や渓流、雄大な山岳が夫々他に見られない北地性の植物景観に特徴
づけられて悦惚たる一大原始境を展開しているのである。然もこの原始境独特のパ
ノラマが単に景勝地として定評あるばかりでなく学術上には地質学、植物学、動物
学等の研究にとって亦、我が国に唯一っ残された、かけがへのない一大秘庫たるので
あって、斯道の学者は勿論多くの研究家や教育家登山家や旅行者の垂挺措かざる所
なのである。又文筆家、画家等の題材をこの地に求める者も多く、近年各方面から
其の重要性が認められ、その保存の必要が強く叫ばれている地域である。近時これ
を湖底に沈めて、貯水池を作り、発電、灌概、治水等の目的に利用しようとする計
画があるやに聞くのであるが、斯かる貴重な文化財が一朝にして失はれ、永久に回
復することが出来ぬようになることは、我が国の学術、文化の上から遺憾極りない
ことだと思うので、以下にその貴重な内容の大略について話し関係者各位の参考に
供し度いと思う。
地形学蚊に地質学上の価値
尾瀬地方の主体をなすところの尾瀬ヶ原と尾瀬沼とは、その成因から言うと、火
山噴出に由来する堰塞湖の型を示すもので夫々我が国に於ける唯一の高層湿原、高
層湖沼である。今、末野、大塚両教授の研究報告に拠ってその地史の概略を紹介し
てみよう。
この地方の地貌を構成している最古の地層は秩父古成層であるが、この古成層を
貫いて、附近の山々の火山活動が始る以前に、敵艦岩、花嵩岩及び閃緑岩の岩漿の
貫入があり、その為に古成層の岩質が著しい変化を受けて、至仏山の東側と西側、
引続いて景観山の南側に断層を生じて陥没した。これが尾瀬ケ原生成の第一の過程
であるが、次にこの断層線を開析した峡谷が、原の北方にある燧岳の火山活動に際
して、その噴出物(シュナイダー氏の分類によれば、略、コニーデに属し、主とし
て熔岩流より成り砂層物は少いということである)により、堰き止められて沼を作
り、この沼の一部が、今日残っているのが尾瀬沼で、この沼が更に湿原に形成した
のが即ち尾瀬ヶ原であるわけである。このような生成過程を経て今日の段階に達し
ている尾瀬湿原の地貌は、地形学的見地から言って、湖沼学者の学説を如実に裏書
する好個の生きた標本と言はなければならない。
一般に湖沼の末期は、湖から沼へ、沼から湿原へ、更に湿原は草原へと推移すべ
き運命を約束せられているのであるが、日光の戦場ヶ原が既に草原と化し、樺太の
大湿原を映った今日にあっては、我が国に残された唯一の広域湿原であって、然も
その間に、夫小の河流、数百の池塘を随所に点在し、中に大小の浮島を浮べ、川流
に沿うては、帯状に連る拠小林の稀観を配し、隆起沈降の複雑種りない地貌を形成
していることは、湿原の自然的発達の凡その年齢やその階梯等を仔細に観察せしめ
るのにも貴重な研究上の手がかりを提供して呉れる典型的のものである。
又この尾瀬地方の地形を日光一円の地形と比較してみる時には戦場ケ原が既に草
原と化しつつあるに反して尾瀬ケ原は依然湿原の状態を維持している点とか、中禅
寺湖の華厳の滝、戦場ケ原の竜頭の滝、尾瀬ケ原の三条ケ滝の形成過程、後退の仕
方等にも地形変化の夫々の階梯が観察されて地形学上に一つの体系的な研究資料を
得ることが出来るのである。
然し上述の地形学上の価値にも増してより以上に尾瀬の価値をして他の追従を許
さないものとしている所以は、一にかかって地質学上の特質にある。それはこの湿
原が諸種の水辺植物の腐敗した繊維の堆積層から成り、所々に周囲の山々から流出
した土砂及び火山灰の薄層を挟み、漸次に泥炭層を構成しつつある点で、これが泥炭
層の発達過程を研究する上に、他に求めることの出来ない貴重な資料を提供して呉
れるわげなのである。この泥炭層の研究については、中野教授東北大学の島倉理学
士、安達成之氏、堀正一氏等の諸研究があるが、今その概略を表にして紹介すれば
以上の研究報告によっても明らかな如く現在尾瀬ケ原中田代附近には優に三米
以上の泥炭が著名な七層をなして堆積していることが確実で、これは少くとも三千
年以上の歴史を有するものと推定され。泥炭発達の過程が歴然として示されるのみ
でなく、その中に包蔵される花粉群や埋木等は又過去の植物群落の変移を示す唯一
の指針と言はねばならないのである。
従ってこれを全く水底に没するが如きは学術上の一大損失であるのみならず、又
若しこれを水底に没せしむることがあっても、泥炭はその性質上水位が低くて水圧
が弱いような時には、時折ガスを発生して浮上し浮島を形成し湿原植物の繁茂を来
し或は周囲よりの挺水植物の浸殖によって流出口を遮断する等の慎れさへあるので
ある。
尾瀬の植物
尾瀬地方の植物が学界に初めて総括的に紹介されたのは、明治三十六年一月早田
博士が「植物学雑誌」十七巻に「南会津竝にその附近の植物」「会津植物目録」とし
て発表せられたのに始まるが、其の後、武田、館脇、中野三博士を初め幾多の学者
がこの地に入り、その都度学界の宝庫としての価値が裏づけられ尾瀬の名は今や世
界の学界に喧伝されるに至ったのである。特に最近十数年問に於て尾瀬ヶ原を中心
とした植物学の研究は飛躍的な成果を挙げているが、今それらの研究報告に依っ
て(一)分類、分布学上の見地と(二)生態、群落学上の見地とから、これが学術
上の価値を紹介することとしょう。
(一)分類、分布学上の特質
先づ尾瀬地方特有の植物及びこれに準ずべき珍種を拾ってみると
ヲゼザサ。ヲゼサウ。ヲゼアザミ。ホロムイサウ。ナガバノモウセンゴケ。
ヤナギトラノヲ。コマッドリサウ。エゾムラサキ。エゾプユノハナワラビ。
ミヅドクサ。クロバナラフゲ、クロビイタヤ。コアニチドリ。
カニツリノカリヤス。オホパナタチツボスミレ。シロバナノスミレサイシン。ヤ
チスギラン。サハラン。
等以前からその特産をうたわれているもの三十有余種に及び又近年になってヲゼ
カハホネ、トガタシシャウマ、シコクウスゴ等が新に発見せられている点から推し
ても今後尚世界の学界に向って如何なる新種珍種を報告出来るか測り難いものがあ
る。
然し尾瀬が植物学上貴重な地帯たる所以は単にこれらの珍種奇種に富むというに
止まらず更にその有する景観が北地的風貌を帯び、北地性植物の著しい南限が殆ん
ど此処に集中して見られるといふ点にあるのである。この度の敗戦によって樺太及
び千島を失った我々はこれら北地植物の群落景観を、最早この地を除いては他の何
処にも見出すことが出来ないと言っても過言ではなく、然も北緯僅かに二十六度五
十六分を出でざる本州中部に斯かる北地的景観が見られるといふことこそ、尾瀬の
価値をして他の追従を許さないものとしている最大の理由なのである。今これら北
地性植物の中、尾瀬を南限としているものの一端を表示するならば、
(イ)寒地南半球のみに分布するもの
ホロムイサウ
(口)寒地両半球にのみ分布するもの
ナガバノモウセンゴケ、ヤナギトラノヲ
(ハ)欧亜の北地に分布するもの
オポカサスゲ
(二)西シベリャ東部カムチャツカ、千島樺太及び北海道の一部に分布するもの
エゾェ,ソゴクサ、オホバタチツボスミレ、ヲゼカハホネ
(ホ)北海道の高山、満州及ヵムチヤツヵに分布するもの、
エゾアゼスゲ、エゾクロウスゴ
(へ)千島、樺太、欧米北部以外に見られぬもの
イトキソポウゲ
(ト)東北地方の一部及び北海道以外に見られぬもの
コアニチドリ、ヤチヤナギ
等その主要なものであるが以上の外、欧亜に広く分布するエゾムラサキ及びチシ
マザクラ、コマッドリサウ等も現在までの研究では尾瀬を南限とするものの如くで
ある。
斯くの如く明瞭な植物分布限界が、この尾瀬といふ一地区に集中され然も北限と
いうものは一つもなく、全部が南隈であるということは植物区系地理学上から見て
もまことに注目すべきことと言ふべく学術上に生きた貴重な資料を提示するもので
ある。
この外、我が国に固有な珍種にして尾瀬に産するものとしては、キヌガササウ、
トガタシジョウマ、オニシホガマ、チャウジギク等があり、本州に分布が少い種類
で尾瀬に見られるものというに至っては敬うるに暇がない程で、文字通り尾瀬こそ
は世界的に見ても植物学上の宝庫と言って憚らない。
(二)生態、群落学上の特質
尾瀬の表現する最も著しい自然形相は湿原であるが、問題となって居る尾瀬ヶ原
に於ては下田代、上田代等にこれを見ることが出来る。此処に謂ふ湿原とは水蘚湿
原を主体としているが、湿原という言葉は、地層を考慮に入れると、地質学的に解
釈されて来るし、又表相に重点を置くと植物群落学的に解釈されて来る。地質学的
な見地から取上げた泥炭層の研究に関しては先に紹介したから、ここでは生態上の
群落学的見地に主眼を置いてその特質と価値とを論ずることとする。
我が国に於ては水酵湿原は北海道を除いては、気候地勢の関係からその発達が一
般に微弱なのであるが、尾瀬ヶ原はその発達が非常な広域に及び、然もその間に大
小数百の池塘、小流、浮島を点在してみる点で他に比類のない唯一のものである。
勿論尾瀬ケ原は水酵湿原であるから、ミヅゴヶ群或は捗草群を主体としているがこ
れを詳細に観察すると、これら湿原植物群落は地形の推移につれて、更に種々な群
落型に別だれ、各群落型は動的な然も相関的な推移を示し、又池塘辺の群落と浮島
拉に湿原群落の接触点及び湿原群落と周囲の森林縁辺との接触点には群落の移行過
程が興味深く観察せられるのである。この群落変移の観察に当って特に注目すべき
ことは池塘中浮島を有するものの周囲にキソヵウクワ、イバシャウブ、タテヤマリ
ンドウの如く、北地帯にも見られないものが群生すること、湿潤なる所にはカキツ
バタ群に続いて逸品ポロムイサウ、コアニチドリ、ヤチスゲ、ヤチカハスゲ、トキ
サウ、ヤチヤナギ等を見るが、この間に於ける変化は所謂低位泥炭群落(カキツバ
タ沼野)から中問泥炭群落(ヤチヤナギ湿原)に移る推移を示すこと、及び本湿原
特産として著名なナガバノモウセンゴケは池辺の水の硝々減じた箇所に多く、水藤
湿原上にこれを見ないのは、千島国後に生育する状況と全く同一なこと等であって
生態学上の研究に貴重な示唆を冬へるものだと言はれる◎今原中に点在する池塘小
流等の水辺から順次森林地帯に至るまでのこれら主要な植物群落の1変移セクショ
ンをダイヤグラム的に表示してみると上図の如くであるが、このようにして水辺地
帯から湿原部を経て山頂地帯に至るまでの植物群落の垂直的分布をこの限られた一
地域に於て観察出来るということは、他では到底求め得られない所であって、この
点だけから見ても実に生態学上の一大実験場たるを失はない。殊に尾瀬ヶ原湿原上
の潤葉樹林群は湿原の中期から末期にかけての状態を如実に不す好材料で、その河
岸の拠小林(尾瀬の如き特殊な環境に於でのみ成立するもので、我が国でも極めて
稀な林相を呈す)と共に植物生態学上、貴重な群落を構成するものである。
尾瀬の動物
尾瀬は上述の如く地形並に地質学上、植物学上の一大宝庫として、さながら天成の
科学博物館たる観があるのであるが、更にこの地はこれを動物学の方面から見ても、
その種類、分布、並に生態上の各般に旦って絶好の学術研究地、科学教育の教場と
して十分の要素を具備しているのである。
先っ尾瀬湿原一帯の動物相を見るに、原に点在する池塘、川畔の近くにはカルガ
モが多数棲息蕃殖して居り、蚊渉するに当っては屡々飛び立っカモの群に遭遇する
のであるが、ダイサギ(アオサギ?)、ツルの渡来することも又彩しく、これら北
方の侯鳥が尾瀬湿原の広さ地域に旦って多数に蕃殖渡来することは、他の場所では
見られない特筆に価する現象である。更に川畔の密林内に至れば、アラバトの鳴声
は寂々たる流水の音と相侯って一種言い知れぬ凄憤の気を漂はせ、ビソズイ、カハ
ガラス、ホトトギス、ホホアカ、ホホジロ、コマドリ、カケス、クロッグミコゲ
ラ、アカハラ、キセキレイ、サメビタキ、ヒガラ、サソセウクヒ、オホアカゲラ、
アカゲラ、ウソ、ノビタキ、メボソ、シジュウカラ、ゴジュウカラ、ルリビタキ、
ミソサザイ、キビタキ、オポルリ等々鳥類の楽園としての尾瀬も亦一大偉観たるを
失はない。
大小の池塘や小流中には多数の両棲類が棲息し、中でも初夏の侯に第一池塘の底
深くイモリ類のグロテスクな卵の群体を見られるのは他に求むべくもない珍景と言
はれる。又この種の動物中ではハコネサンショウウオ、ニックワウカス、、、サンショ
ウウオ等がこの地帯の渓流中に集り群棲することは、先般アメリカへこれを航空輸
送する際にも、喧伝せられたところであって、万一これらの棲息地域が貯水築堤等
の計画によって水質、水深、拉に水温が変化を受けるようなことになれば、諸外国
には見られないこの貴重な天然記念物も一朝にして絶滅することは、火を見るより
も明らかである。
更に又尾瀬は標高が相当高い為、初夏の訪れと共に万花が一時に咲き乱れるので
昆虫類の分布も極めて多種多様に旦っている。それらの昆虫群の中で最も著しいも
のは
カラスアゲハ。キアゲハ。スチクロテフ。キテフ。キベリタテハ。シータテハ、
ヘウモソテ7。コベウモソ。ウラギソヘウモソ。ギソボシヘウモソ。コムラサキ。
ヒカゲテフ。クロピカゲ。ヒメキマダラヒカゲ。ルリシジミ。アカセセリ。コキ
マダラセセリ。コチャバネセセリ等の蝶類及び
ヒメヒラタアブ。ホソヒラタアブ。アガウシアブ。ブチヒゲバナカミキリ。ヤツ
ボシハナカミキリ。アヲハムシダマシ。シモフリコメッキ。アヲアシナガハナム
グリ等の双翅類並に鞘翅類であって、珍種も相当含まれてはいるが、然し実はこの種
の昆虫が非常に多く分布することは湿原の常としてそれほど怪しむには足らないのであ
る。それよりも尾瀬の昆虫類について最も特筆さるべきことは蜻蛉類の饒産するこ
とであって、その点は将に尾瀬の特質として動物学上他の追従を許さないものがあ
る。
尾瀬ヶ原を飛翔する蜻蛉類として今日までに記載されているものは
オニヤンマ。ヒトスヂサナヘ。アキアカネ。シホカラトンボ。カポジロトンボ。
タガネトンボ。カラカネトソポ。モノサシトンボ。ハッチョウトンボ。キイトト
ンボ。アライトトンボ等
原に隣接する地域のものと併せて仕種近くに及ぶが、これらが晴天の日中等に一斉
に群類乱期する様は、他に見られない盛観で、中でもハッチョウトソポ。オボトラ
フトンボ。カポジロトンボ等は稀に見る種類として貴重なものである。総じて尾瀬
は蜻蛉類の生態学的研究には絶好の研究資料が得られる地域の一つとして学者間に
非常に貴ばれている。
以上は尾瀬ヶ原を中心とした動物相の大要であるが、一歩尾瀬ヶ原を出て、これ
に隣接する所謂。尾瀬一帯を概観すれば、其処では又東亜動物区系や北極及び印度
両区系に属するところの種々珍らしい動物が見られる。これらの中で特に貴重なも
のは、哺乳類のヤマイタチとカモシカである。前者は北海道、樺太、千島よりシベ
リヤ大陸に旦って分布する所謂エゾイタチの亜種である。ヵモシヵは本邦特産の天
然記念物として、本州、四国、九州等の一部樹林地帯にも棲息すると言はれている
が濫獲の結果、近来尾瀬以外のものは著しくその数を減じているので、ヤマイタチ
と共に特に保護保存を要するものである。
其の他尾瀬に於て特筆すべき動物の二、三を拾ってみると
(一)ヲゼマイマイとヲゼヒダリマキマイマイ。昭和九年十一月、陸軍特別大演習
及び地方行幸の際に天覧品謹製の醐全群馬県下の陸地産貝類を採集した際に、記
載された新種であるが、それが、個体変異及び分布上に貴重な研究的端緒を投げ
ている。
(二)コテングコウモリ
小嶋輻に属するものの中でも、極めて稀有の珍種であって、夏季にはウスリーラ
ンド及び棒大に過し秋には琉球に渡るものである。
(三)ツキノワグマ及びエチゴ兎
前者は尾瀬ヶ原、只見川沿岸の森林中にて時折散見される。エチゴ兎の方は尾瀬
ヶ原の到る所に相当多数棲息する様子で夏毛は野兎に酷似し、冬は耳の先だけを
残して白色化する。
これを要するに尾瀬は、此処に棲息する植物動物の多種多様なること、分布双生態
学的方面に豊富且つ貴重な学術上の研究資料を提示して呉れることに於て、他に比
類のない天恵の一大実験場である。これを文化国家建設の一翼を担ふべき、科学教
育に活用する時は、その効果の期して倹っべきものあることは多言を要せぬところ
である。

ふぅ〜

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